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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)378号 決定

三七一号事件抗告人 関口悟 外二名

三七八号事件抗告人 関口信二

両事件相手方 関口保夫

主文

一  原審判中主文第3項を次のとおり変更する。相手方関口信二は、抗告人関口悟、同木村カツ子、同関口利男及び相手方関口保夫に対し、本件遺産分割の調整金として、各金三九一万二〇〇〇円を、本裁判確定の日から一〇箇年の均等割賦払の方法により、右各金員に対し、完済に至るまで年五分の割合による金員を付加して支払え。

二  抗告人関口悟、木村カツ子及び同関口利男の各抗告をいずれも棄却する。

三  審判費用及び抗告費用はこれを二〇分し、その一〇を相手方関口信二、その各三を抗告人関口悟、同木村カツ子、同関口利男、その一を相手方関口保夫の各負担とする。

理由

抗告人関口悟、同木村カツ子、同関口利男は、抗告の趣旨として、「原審判のうち第1項及び第3項を取り消す。原審判別紙遺産目録(以下「遺産目録」という。)一記載の土地賃借権、同目録四ないし六記載の各建物を抗告人ら三名に共有取得させる。」との裁判を求め、抗告の理由として、「原審判は、遺産目録一記載の土地賃借権、同目録四ないし六記載の各建物を、相手方関口信二に単独取得させ、遺産分割の調整金として同人に原審判主文第3項記載の金員の支払を命じている。しかし、右の各建物は分割可能なものであり、その敷地の土地賃借権も分割可能であるから、右土地賃借権及び右各建物を抗告人ら三名に共有取得させる方法で遺産を分割することを求める。」旨主張する。

相手方関口信二は、抗告の趣旨として、「原審判を取り消す。被相続人亡関口忠太郎(昭和二四年四月一五日死亡)の遺産目録記載の遺産につき、1同目録一記載の土地賃借権、同目録三記載の和解金残金五〇万円及び同目録四ないし六記載の各建物をいずれも相手方関口信二に単独取得させる、2同目録二記載の土地賃借権を抗告人ら三名及び相手方関口保夫に持分各四分の一で共有取得させる。」との裁判を求め、抗告の理由として別紙記載のとおり主張する。

そこで、順次検討を進めるに、

一  まず、記録によると、亡関口忠太郎は、昭和二四年四月一五日東京都台東区○○○町××番地で死亡し、妻申立外関口マサ、二男相手方関口信二、三男抗告人関口悟、四男相手方関口保夫、二女申立外関口フサ子、五男抗告人関口利男及び養女抗告人木村カツ子が相続人となつたが、関口マサが同年五月一二日に、関口フサ子が昭和四四年一二月一六日にいずれも死亡したので、亡関口忠太郎の遺産を承継する者は抗告人ら三名及び相手方ら二名の五名となつたことを認めることができ、右各共同相続人の法定相続分はいずれも五分の一である。

二  次に、記録によると、亡関口忠太郎の遺産は、原裁判所が認定・説示しているとおり、遺産目録記載のとおりであることを認めることができる。なお、同目録三記載の和解金残金五〇万円は、同項記載の東京都台東区○○町××番地の借地約二五坪に対する賃借権が遺産であつたところ、抗告人関口利男が昭和三八年一月ころこれを第三者に転貸したことに端を発して提起された地主との間の訴訟において、昭和四二年一一月ころ和解金として取得した八〇万円から諸経費を控除した残金であるから、右賃借権が金銭に形を変えたもので、その間に同一性があると見ることができ、遺産分割の対象とすべきものである。

また、亡関口忠太郎が負担していた金銭債務は、相続の開始と同時に法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継したものと解すべきであるから、本件遺産分割の対象とはなり得なものである。

三  次いで、原裁判所は、相手方関口信二が被相続人の遺産の維持・管理につき特別の寄与をしたものと認め、そのいわゆる寄与分の割合を遺産の二五パーセントと見るのが相当であるとしたところ、相手方関口信二は、右寄与分の割合の認定が不当であると主張するのであるが、記録によると、原裁判所が原審判の「(三)相手方関口信二の寄与分」の項に認定したとおりの事実(原審判七枚目裏一行目から一〇枚目表一三行目まで)を認めることができる。

ところで、共同相続人の一人が被相続人の遺産の維持・増加につき特別の寄与をした場合、その寄与を相続分との関係においてどのように評価すべきかについては種々の見解が存するのであるが、そこで論ぜられている共同相続人の特別の寄与というのは、被相続人の生前すなわち相続の開始前において被相続人の財産の維持・増加のため通常の程度を超えてなされた協力のことを指すのであつて、相続の開始後において遺産の維持・管理のためになされた共同相続人の協力のことを指すものではない。けだし、共同相続人中のある者が被相続人の生前においてその財産の維持・増加のため特別に寄与したからこそ、この場合には、当該共同相続人において、その寄与により生じた価格につき他の共同相続人に対して不当利得返還請求権を有するものとし、あるいは決定相続分とは別に寄与の程度に応じた共有持分等を有するものと見て、これを遺産分割手続において特別に評価すべきであるか否かということが問題とされているからである。これを本件について見るに、前記認定の事実によれば、遺産目録四ないし六記載の各建物は亡関口忠太郎が昭和二一年から昭和二三年にかけて建築した建物であるというのであり、また、記録によると、同目録一ないし三記載の各土地賃借権は同人がそのころ土地所有者との間に賃貸借契約を結んでこれを取得したことを認めることができるのであつて、相手方関口信二は、昭和二二年三月まで山形県米沢市所在の○○○○専門学校に在学した後、昭和二四年四月まで浪人し、家事手伝い等をしていたのであるから、同人が右各建物の建築及び各土地賃借権の取得につき亡関口忠太郎のため特別に協力したことは推認し難いのであり、同人の右財産の維持・増加につき相手方関口信二が特別に寄与したとの事実を認めるに足りる資料は存在しない。もつとも、相手方関口信二は、亡関口忠太郎の生前において同人の財産の維持・増加につき特別の寄与をしたと主張しているのではなく、相続の開始後において遺産の維持・管理につき特別に寄与したと主張しているのである。

四  そこで、相手方関口信二が遺産の維持・管理につき特別に寄与したことを本件遺産分割手続においてどのように評価すべきであるかという問題になるのであるが、まず、分割前の遺産については、その適切な管理が必要であるところ、遺産の管理は第一次的には共同相続人によつてなされるべきであり、共同相続人全員の同意によつて遺産の管理方法を決めた場合にはこれに従うべきであるが、全員の同意があれば共同相続人の一人に遺産全体の管理一切を委託することもできるものと解される。これを本件について見るに、前記認定の事実によれば、相手方関口信二は、亡関口忠太郎に続いて母関口マサも死亡するに及び、○○○大学○○学部を中退して、被相続人の家業であつた○○の経営を引き継ぎ、同居していた申立外内田トミ子の協力を得てこれに専念し、その収益で一家の生計を支え、抗告人ら三名及び相手方関口保夫の学資を工面したというのであり、○○の経営が思わしくなくなつた後においても、高等学校教諭の職に就いて副業となつた○○の経営を続け、昭和三六年ころから数次にわたつて前記各建物を改修あるいは増築してその保存を図り、前記賃借土地の賃料を支弁し、公租公課等を負担してきたというのであつて、他の共同相続人らは右各建物及び土地賃借権の維持・管理を相手方関口信二に任せ切つていたというのであるから、亡関口忠太郎の共同相続人らは、相手方関口信二に遺産全体の管理一切を委託することを暗黙のうちに合意したものと見るのが相当である。

次に、分割までの遺産の管理費用については、民法第八八五条の規定が適用されるべきものと解するのが相当であり、また、右管理費用及び分割までの間に遺産から生ずる収益については、基本となる遺産が分割されるときには、特別の事情がない限り、これに付随するものとして同時に清算することができるものと解するのが相当であつて、本件においては、右管理費用及び収益につきこれを遺産分割審判から除外し、他の方法(例えば訴訟)によつて解決を図るのが妥当であるというような特別の事情があるとは認められないから、これを遺産の分割に当たつて同時に清算する方法を採るのが相当である。

本件についてこれを見るに、記録によると、相手方関口信二は、遺産目録一記載の土地の賃料として、昭和二四年七月分から昭和四九年三月分までのもの合計一五九万八〇二九円を、同目録二記載の土地の賃料として、右同期間のもの合計三五万一一九〇円を、同目録三記載の土地の賃料として、昭和二四年一月分から昭和二七年七月分までのもの合計一万二七一一円をそれぞれ支払い、同目録四及び五記載の各建物につき増改築ないし修繕をした費用として約三〇万円を支出し、右各建物及び同目録六記載の建物につき公租公課を負担してきたほか、亡関口忠太郎の負担していた借財合計一八万〇二〇〇円及び公租公課の未納金合計三三万一四七八円を支払い、かつ、相続税二三万一七九八円を支払つたことを認めることができるが、右の金員のうち亡関口忠太郎の負担していた借財及び公租公課未納金は各共同相続人が相続分に応じて負担すべきものであつたのであり、相続税は遺産を取得する共同相続人がこれを負担すべきものであると解されるところ、遺産分割がなされていなかつたので、相手方関口信二がこれを立て替えて支払つたものと見ることができる。また、記録によると、相手方関口信二は、右各建物を利用して○○を経営し、一時右建物の一部を賃貸し、現に右建物の一部(遺産目録四記載の建物)で○○○を経営して、遺産分割時までの間に相当額の収益を得たことを認めることができるが、他方、右○○経営から得られた収益の大部分は抗告人ら三名及び相手方関口保夫の学資に充てられ、また、亡関口忠太郎の借財及び公租公課未納金並びに相続税等の支払に充てられたことを認めることができる。

五  記録中の鑑定人○○○の鑑定の結果は、鑑定評価の方法が合理的なものと認められるから、これを採用するのが相当である。相手方関口信二は、右鑑定の結果中、土地賃借権の評価につき、遺産分割の場合においては「投機的な売買による転売利益を基準とした時価」でなく、「居住という効用から計算した時価」を基準とすべきであるとか、取引事例として引用した更地価格が不当であるとか、借地権割合は六割とすべきであるとか、賃借権譲渡の際の名義書替料相当額を減額すべきであるとか、主張するが、右の主張が合理的なものであることを裏付ける資料も存在しないので、右の主張は当を得ないものというべく、これを採用することはできない。

右鑑定の結果によると、本件遺産の昭和四九年一〇月一四日当時における評価額は、遺産目録一記載の土地賃借権が三八七五万四〇〇〇円、同目録二記載の土地賃借権が八二三万一〇〇〇円、同目録四記載の建物が四三万九〇〇〇円、同目録五記載の建物が一二七万六〇〇〇円、同目録六記載の建物が五四万八〇〇〇円であることを認めることができ、これに同目録三記載の和解金残金五〇万円を加えたものが遺産の総額となると認めるのが相当であつて、その総額は四九七四万八〇〇〇円となる。

ところで、民法第八八五条所定の「相続財産に関する費用」として計上し得るものは、客観的には前記各土地についての昭和二四年七月分以降の資料合計一九六万一九三〇円(なお、遺産目録三記載の土地の賃料については昭和二四年一月分から四月分までのものが含まれているが、結論に影響を及ぼさないので、これを含めて計上する。)、前記各建物の増改築・修繕費用約三〇万円及び相続開始後における公租公課であるが、前記鑑定の結果によると、相続開始時における遺産(ただし、遺産目録三記載の土地賃借権を除く。)の評価額は合計一〇二万八一〇〇円であることを認めることができるところ、右遺産が分割時において右のように高額な評価を得るに至つたことについては、時日の経過に伴う土地価格の騰貴という経済事情があつたとはいえ、賃借土地の賃料を支払い、地上建物の保存行為をして遺産の維持・管理に努めた相手方関口信二の有形無形の貢献によるところが大きいものであつたと見ることができる(ちなみに、抗告人関口利男の行為によつて失つた遺産目録三記載の土地賃借権の代替遺産は、五〇万円であるにすぎない。)から、右有形無形の貢献度を金銭で見積ることとして、これを右客観的費用とともにあらかじめ遺産から支弁することとし、その余の遺産につき相続分に応じて分割をすることとするのが相当である。また、相手方関口信二が遺産を利用することによつて取得した利益(これは相当賃料額の範囲にとどまるものと見るべきである。)はいつたん遺産の中に組み入れられるべきものである。なお、相手方関口信二は、弟妹である抗告人ら三名及び相手方関口保夫の生活費・教育費として多額の金員を支出したと主張するが、右の各金員をもつて民法第九〇三条に規定する「被相続人から生計の資本として贈与を受けた者」(いわゆる特別受益者)に対する贈与と同等に評価すべきであると見るのは相当でないから、これを遺産の前渡しに当たると見て遺産に持ち戻すこととするのも相当でない。そして、以上の事情を総合すると、相手方関口信二が遺産から優先的に弁済を受けるべき額は、遺産総額の四〇パーセントに当たる一九八九万九二〇〇円とするのが相当である。したがつて、共同相続人五名に分割されるべき遺産の評価額は残額の二九八四万八八〇〇円となる。右の判断に反する相手方関口信二の主張は当を得ないものであるから、これを採用しない。

六  抗告人ら三名は、遺産目録四ないし六記載の各建物は分割可能であるから、これをその敷地の賃借権とともに相手方関口信二の単独取得とするのは失当であると主張するところ、記録によると、同目録四記載の建物については亡関口忠太郎名義の表示登記が、同目録五記載の建物については同人名義の所有権保存登記がそれぞれ経由され、同目録六記載の建物は未登記であるけれども、現況においては、右四記載の建物の西側と右五記載の建物の東側が接続し、更に、右六記載の建物は右五記載の建物の南側に接続してその増築部分とも見得るような構造になつていることを認めることができるから、右各建物はこれを分割せず、一括して同一人に取得させるのが相当であり、これに反する抗告人ら三名の右の主張はこれを採用し得ない。また、記録によると、右各建物は遺産目録一記載の土地上に所在し、相手方関口信二がこれに居住していること及び同目録二記載の土地上には抗告人関口利男所有の建物が建てられていること並びに同目録三記載の和解金残金は相手方関口信二がこれを保管していることを認めることができる。

そこで、以上の事情その他記録に現れた一切の事情を考慮すると、遺産目録記載の遺産については原審判主文第1、2項のとおり分割するのが相当であり、右のように分割するときは、相手方関口信二は相続分を超えて分割を受け、抗告人ら三名及び相手方関口保夫はいずれも各相続分(各五九六万九七六〇円)に比して各三九一万二〇一〇円の不足を生ずる分割を受けることとなるから、右共同相続人間の調整を図ることが必要であり、相手方関口信二に右不足分相当額の債務を負担させ、同人に対し、他の共同相続人らに対する調整金名下に各三九一万二〇〇〇円(右不足額中一〇円を切り捨てた額)を支払うよう命ずることとするのが相当である。そして、右調整金が多額であることから、右調整金の支払方法については、本裁判確定の日から一〇箇年の均等割賦払とし、これに対し完済に至るまで民法所定年五分の割合による利息を付加して支払わせることとするのが相当である。右支払方法につき相手方関口信二は、支払能力がないから一五箇年ないし二〇箇年の割賦払とすべきであると主張するが、同人は遺産分割により客観的に多額の財産を取得したのであるから、右一〇箇年の均等割賦払の方法に従うべきものとしても、同人に難きを強いることになるとはいえず、同人の右主張はこれを採用することができない。

七  してみると、原審判中主文第1項及び第2項は正当であるが、主文第3項の一部は失当であり、相手方関口信二の抗告は右の限度で理由があるから、同第3項を右の趣旨に従つて変更することとするが、抗告人ら三名の各抗告はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、審判費用及び抗告費用を主文第四項のとおり各人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 長久保武 加藤一隆)

別紙 抗告の理由〈省略〉

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